昨日は会社休みだったので、やはりずっとPCの前に座ってAIと向き合う。
現在、私が使っているのはChatGPTをメインにエージェントはCodex,ClaudeCode。
YouTubeの動画で気になるものを見つけたけど、視聴する気もあまりおきないものの内容を知りたいときは、Geminiを使っている。
そんな感じでだいぶ私の生活にはAIが入り込んでいる。
今日はそんなお話。
昔からの憧れの一つ
昔、子供の頃の私の将来の夢はゲームデザイナーになることだった。
厳密にいうとどうもゲームデザイナーというものはざっくりとしすぎているものであるわけだ。
本来はゲームのシナリオライターをやりたかったってのが正解だったわけだけど、当時の子供である私はそんなことも分からなかったわけだ。
なので、漠然とゲームデザイナーになりたいと思ってた私は小学校卒業のお祝いにMSX2というパソコンを買ってもらって、BASICやRPGツクールの始祖とも言えるDanteや、アドベンチャーツクールなどのゲーム制作ソフトを手に入れては、勉強をそっちのけで時間潰しをしていた。
あの頃は楽しかったですねー。
中学生の時はでも、それだけではなくて私は外に出れば悪ガキ寄りの生活をしていたし、パソコンをやってゲームを作っているなんてことが、うわべだけの友人たちにバレでもしたら「オタク」と言われて中傷の対象になってしまう時代だったから、言えずにいた。
そんなこんなでどうも二面性が共存している子供時代を私は過ごしていた。
ちょっと話は脱線してしまったけど、要するに私を構成しているものの中には、「ゲーム」から影響を受けたものが数多いということ。
ゲームこそ我が知識と活力の源
私が異様に三国志に詳しいのは、やはりゲームからである。
私がやたらと自分の世界に入りたがるのは、やはりゲームがあったからと言える。
私が何かを強いられることが嫌いなのは、やはりゲーム脳だからなのかもしれない。
私は子供の頃は押し付けられて生かされていたのだけど、悪い事ばかりでもない。
ネグレクト家庭ではあったけど、両親は時間ではなく何かを買い与えることで、私たちを黙らせていた。
その結果、やたらとオモチャは多く、兄は悪さをしながらもゲームにのめりこんでいた男だった。
当然、私も狭い同じ家に住んでいるわけだから、目についてしまい影響されるわけだ。
友達はいなかったはずなんだけど、ゲームが切欠で仲良くなる。
子供であるけど本能的に孤独と不自由で鬱屈としていた私の心をどんどん解放してくれる。
1人だったはずなのに、ゲームが私に友達をつくる切欠を与えてくれる。
それは天才たちの世界に見えた
ゲームを作る側に回りたいと思った私が直面するもの。
それは徹底的に嫌いだった努力・根性・我慢と向き合わなければならないということであった。
こんなことまで勉強して、こんなことまで考えなければならないのか。
まるでゲームを作っている人たちの世界を垣間見ることが出来た時、天才たちの領域に思えたのだった。
別に自慢しているわけでもないが、中学の時にはグレている方から数えた方が早い私。
お勉強を沢山して、ペコペコして、笑いたくもないのに笑顔を振りまくなんてことが出来なったので、当然、横道にそれていく。
そして、より刺激的な方向に進んで、いつしかその夢は忘れ去られていく。
それでも文章を書くということはしてはいたんですけどね。
とにかく自分の中の隙間を埋めるかのように、鉛筆の芯を極限まで鋭く尖らせるように、色んなことをやった私。
「いつ寝てるの?」
「覚え早すぎ」
「もう終わったの?」
そう言われているウサギではあるけど、結局は何にもなっていない。
この頃から気づいていた。
実は私はノロマだけど、必ず成果として結果を残す
亀
を馬鹿にしていたけど、それと同時に憧れていたってことを。
現在へ
子供の頃から軽く振り返って、結局、この30年の間を振り返って、それなりに楽しかったしやりたいことはやり尽くしている。
追々、それは細かく気が向いたら書いていくとして。
やりたいことをやり尽くした私。
こういう状態になった者は、どうも18か月で死ぬということが言われていたりもする。
だって、生きる理由がないからね。
しかし、現在の私は過去最高に幸せなのだ。
何故かと言えば、子供の頃からの夢と向き合えるようになったからだ。
私は天才とは自分では思ってないし、何も出来ない無力なおっさんであることは変わりない。
だが、天才たちが作ったテクノロジーがあって、それを使うことによって自分一人では出来なかったことが一人で出来る様になってる現状が表れだした。
これも追々、語っていくことにする。
ちょっと時間が無くなってきたので、ここまでにしようかね。 出勤の準備しないと・・・。